映画「アンバマイカ」

 縁あって、南信州・遠山郷を舞台とした短編映画「アンバマイカ」を見る機会があり、大変興味深かったので感想を書き残しておきます。

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 ごく大ざっぱにこの映画のストーリーを解説すると、都会での仕事に煮詰まった雑誌編集者の女の子が、ふとしたきっかけで遠山郷の世界に迷い込み、秋葉街道に点在する土着信仰の「神様」めぐりをしながら、南信州の自然や人情、人とのつながりの大切さなどを再認識するというもの。「アンバマイカ」とは、この地方の言葉で「遊ぼうよ」という意味なのだそうです。

 地元の若者有志による自主製作映画ということで、プロの目から見ると、おそらく色々と技術的な指摘はありうるのでしょう。しかし、この映画はむしろ、技術的に素朴であるがゆえに、遠山郷の飾らない魅力を十二分に引き出すことに成功しているのではないかと思えました。秋葉街道を行き交う旅人の安全を祈り続けてきた、いつ作られたとも知れぬ古い社や地蔵たち。そうした土地の遺産に出会ったときの、若者たちの感性が瑞々しく描かれ、結果として、見る者にとって遠山郷への関心を喚び起こす作品に仕上がっていました。

 三遠南信(東「三」河・「遠」江・「南信」濃の国境付近を中心とした地域の総称)は、かつて民俗学の泰斗・柳田國男が深い関心を寄せた地方であり、私自身もこの地域に不思議な魅力を感じ、10年以上前から、時折り飯田線沿線を訪ねてきました。いったいこの地方の何が人を惹きつけるのだろうか。改めて考えを巡らせたとき、ふと思い出したのが、スピッツの「渚」という歌でした。この歌は、「渚とは、陸と海と空が混ざり合う場所だ」というある大学教授の言葉がヒントとなって作られた歌だったと記憶していますが、三遠南信も、三河・遠江・信濃の文化が融け合う最前線であり、さらに、秋葉街道を通る旅人たちもそこに自らの文化を持ち込む。そうした様々な文化を受け止め、消化し、また新たな文化を創り出す土壌が、この土地にはあるのではないか。そんな仮説を考えながら、この映画を鑑賞しました。

 古くから宿場町だったためか、遠山郷の人々は、私のような通りすがりの者に対しても、とても親切で友好的な方が多いように受け止めました。この懐の深さがある限り、きっと遠山郷は、これからも新たな旅人たちを魅了し続けるのではないかと思います。

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 ちなみに、この映画を見る機会に恵まれたのは、南アルプス・光岳登山のために前泊した「梨元ていしゃば」で、たまたま上映会が開催されていたためでした。「ていしゃば」のスタッフや地元の方6名と、偶然居合わせた登山客2名だけで、駐車場にスクリーンを張って映画を見るというささやかな会でしたが、夏の夜空の下、豊かな自然と虫の音を背景に上映するという素晴らしい舞台装置も、深く印象に残るものでした。「ていしゃば」スタッフの皆さん、ありがとうございました。

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